B! インスタグラム
#036

滋賀県近江和ろうそく職人
大西 巧

近江和ろうそく 動画を見る 全ストーリーへ

近江和ろうそく職人
大西 巧

Onishi Satoshi
1979年 滋賀県生まれ

滋賀県高島市で100年以上にわたり受け継がれている近江手造り和ろうそく。
その老舗「大與だいよ」の長男として生まれる。

子どもの頃は家業にまったく興味がなく、企業への就職を考え京都の大学に進学。大学3年になり就職活動を行っていた頃、初めて父から和ろうそく造りへの想いを聞き、その魅力を知る。

そして意を決し、父に弟子入りを志願した。以来、「近江和ろうそく」の伝統を守るための修練の日々を送っている。

美しい炎を生み出す、はぜ蝋の和ろうそく。
粘り気の多い蝋を吸い上げるため、芯が太いのが特徴。

大西 巧さん インタビュー
「和ろうそく職人」になろうとした、きっかけは?

幼い頃は家の仕事に全く興味がありませんでした。今思うと「興味がない」というより、見ないようにしていたのかもしれません。
その当時は普通の会社に勤めるお父さんを持つ友達が羨ましかったんです。友達のお父さんはスーツ姿でとても格好良く見えました。でも父は職人ですから、いつもラフな格好で朝から晩までろうにまみれていたので、決して良いイメージを持っていなかったんです。そのためか自然と家から足が遠のき、高校までは野球に没頭する毎日でした。そのような毎日ですから、将来は一般企業に就職するつもりでいましたし、ましてや父の後を継ぐとは夢にも思っていませんでした。

ところが大学3年の時に、大きな転機が訪れたんです。それは、就職先について父と二人でした会話がきっかけでした。
私の話を一通り聞いた後、父は私をじっと見つめ、和ろうそくの話を始めたのです。

それは、初めて聞く話でした。「和ろうそく職人」として歩んできた長年の思い、いかに和ろうそく造りの奥が深く、難しいものなのか。そして、その難しい仕事とどのように向き合ってきたのか。衝撃でした。父のことを何も知らなかった。自分は父の上面だけを見て本当の姿を見ようとしていなかった。 そして何か目が覚めたようでした。はぜ蝋の和ろうそく造りにこだわり続けた父。そんな父の偉大さに気付くとともに、和ろうそくの魅力も肌で感じることができたんです。そして、意を決して、父に弟子入りを願い出たんです。

和ろうそくは素手で蝋を塗る「手掛け」という方法で造る。

どんな「和ろうそく職人」になりたいですか?

最近、やっと、父から直されることが少なくなりましたが、まだまだ、職人として力不足です。日々、鍛練の繰り返しですが、いずれ、お客さんから、私の作った和ろうそくを是非使いたいと言われるよう頑張ります。

そして、もっと広く、和ろうそくの魅力を伝えたいし、生活の中にもっと和ろうそくを使ってもらいたいと思っています。それには、素材にこだわり上質のものを造らなければならないと身に染みて感じています。

40年、職人を続けていって、はたして、今の父に、どれだけ近づいているのか分かりませんが、近江和ろうそくの灯を絶やさないよう真摯に取り組みます。

大西 巧さん
弟子
大西 巧さん
大西 明弘さん
師匠(父)
大西 明弘さん

師匠(父)明弘さん
インタビュー

巧さんは、どんな職人ですか?

決して器用な子ではありませんし、子どもの頃から家の仕事に興味をもっていませんでしたから、職人になりたいと言い出すとは思いませんでした。ですから、私の後を継いで欲しいと言ったこともないし考えもしませんでした。押し付けられて、できる仕事ではありません。やることすべてが自分の責任ですし、いいものができる、できないも、どこまで自分の仕事にこだわるかです。

私が造るものと同じものを造っても仕方がありませんし、同じものもできません。巧は巧なりの和ろうそくを極めればいいと思います。ただ、忘れてはならないのは原料、良質のはぜ蝋にこだわること、そして、生み出してくれる人の思いを大事にすることです。

取材を終えて

仕事中、父 明弘さんからの話を聞く時の巧さんの真剣な眼差しが、今でも忘れられません。まさにそれは、師匠と弟子の関係、明弘さんの言葉を絶対に聞きのがしてはならないと身構える巧さん。明弘さんからの言葉も厳しく、子ではなく弟子に対する指摘であり、時には突き放す。

本当の親子だから、少しでも気を緩めるとついつい甘えてしまう、そんな思いが二人にはあるのかもしれません。

そして同時に印象的だったのが、仕事を終え、何気ない世間話をする二人の柔らかい表情。師匠と弟子から、父と子に戻った瞬間でした。この切り替えが二人の関係をうまく築いているのかもしれません。そんな二人の屈託のない笑顔に送られて、仕事場を後にしました。

近江和ろうそく

近江和ろうそく職人

近江和ろうそくは滋賀県の伝統的工芸品で、京都、石川などの和ろうそくと並び古くから広く知られ、江戸期に、はぜの木の増産に伴い大いに発展した。

和ろうそくは、漆やはぜの実から作られた植物性の蝋を原料とするろうそくで、多くが石油から作るパラフィンを使用する洋ろうそくとは区別される。和ろうそくの特徴は、燃える際の煤が少なく、見た目にも柔らかな炎が魅力である。

しかし、近年は生活・文化の大きな変化や、はぜの木の乱伐による、はぜ蝋の生産低下に伴い、和ろうそく職人は減少している。