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#044

山形県草木染織家
山岸 久子

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草木染織家
山岸 久子

Yamagishi Hisako
1988年 山形県生まれ

山形県米沢市で代々、織物業を営む家に生まれる。

染織家である父の仕事を見て育ったが、この仕事がしたいとは考えていなかった。

しかし、父の勧めにより成人式で着る着物を自らの手で染め上げたことをきっかけに、家業の草木染の魅力に惹かれていく。そして、短大卒業後、父の仕事の手伝いを経て、染織家になることを決意する。

鮮やかでありながら深い色合いを持つ草木染は、
年月により退色するどころか色に深みが出るという。

山岸 久子さん インタビュー
「草木染織家」になろうとした、きっかけは?

子どもの頃から父の仕事をずっと見てきましたが、自分では決してやりたいとは思っていませんでした。

作業工程が多く、朝から晩までいつも大変そうでしたし、特に雪の降る冬の冷たい川に入って行う作業は、〝自分には絶対無理〟と思っていました。

しかし、二人の兄が家業を継がず別の道に進んだことで、内心自分が父の後を継ぐのかなと感じるようになりました。

そんな中、父から成人式で着る着物を「記念に自分の手で染めてみたら」と勧められ、初めて染め上げたんです。もちろん父の指導を受けながらの作業で、すべてが手探りの状態でしたが、仕上がる頃には草木染の面白みを感じるようになりました。

自然の材料を使って丹念に染めていくことで、自分の想像を超える美しい色が現れ、言葉にしがたい感動と喜びを感じることができました。そして、「もう一度この喜びを味わいたい、もっともっと美しい色を出したい」と強く思うようになり、父に弟子入りを願い出たんです。

自ら栽培した草木で染めあげた糸を使い、機を織る。

どんな「草木染織家」になりたいですか?

作業は染料となる草木の栽培から始まりますので、いつも父からは「自然と会話しながらやりなさい」と言われています。

自然は常に移り変わっていて、これまでの経験がそのまま今に生かせるとは限りません。そのため、今の自然を感じ取って、一つひとつ丁寧に作業を進めなければ決して良いものはできないと思っています。

しかし、頭では分かっていても、父のように上手く体で感じることがまだまだできません。

もっともっと経験を積んで少しでも父に近づきたいですし、いずれはお客さまから私が染めた着物が欲しいと言っていただけるようになりたいです。

山岸 久子さん
弟子
山岸 久子さん
山岸 幸一さん
師匠(父)
山岸 幸一さん

師匠(父)幸一さん
インタビュー

久子さんは、どんな職人ですか?

子どもたちに家の仕事を継ぐように言ったことは一度もありません。親に言われてできるような簡単な仕事ではありませんし、自分で感じ、決意しなければ続けることはできません。

久子は覚えが早く手さばきも良い。子どもの頃から教えたわけではありませんが、やはり育った環境なのかなと思います。しかし、これから先が大事です。一通りの作業はできるようになりましたが、「自分なりにいかに工夫し表現できるようになるか」なんです。私は今でも自然が分からない時があります。仕事は日々勉強です、終わりはありません。

取材を終えて

雪深く、自然豊かな土地に山岸さんの工房はありました。

「こんな遠くまで来ていただいて…」そう言って山岸さん親子は優しく温かな笑顔で私たちを迎えてくれました。

しかし、作業場に入るやいなや二人の表情からは笑顔が消え、作業にあたる久子さんの真剣な表情と、それに厳しい眼差しを向ける父・幸一さんの姿がありました。

幸一さんが「一つひとつの作業が自然との会話」と話すように、久子さんはその声を一言も聞き逃さないよう全神経を手元に集中させている。そんな張りつめた空気が工房に満ち溢れていました。

長きにわたり培ってきた幸一さんの経験や感覚はこうして受け継がれて、自然との会話は続いていくのでしょう。

草木染

草木染

天然の植物の花、葉、根などを原料に使い染め上げる技法。

草木染は古代から日本だけでなく世界各地の繊維染色の主流でしたが、その後の機械化にあって石油を原料とした合成染料が広がり、草木染は衰退していく。

しかし、天然原料ならではの独特の風合いは合成染料には出せない美しさがあり、近年、支持が広がっている。

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