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#054

東京都製硯師
青栁 貴史

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製硯師せいけんし
青栁 貴史

Aoyagi Takashi
1979年 東京都生まれ

東京浅草に代々続く「製硯師せいけんし」の家に生まれ、祖父と父の硯を削る姿を見て育つ。

高校生の頃、祖父の手伝いをしながら硯について教わり、いずれは自分も「製硯師」の道に進もうと思うようになる。

大学在学中の21歳の時、祖父が他界。それを機に意を決し大学を中退し、父・彰男氏に弟子入りを願い出る。

以後、尊敬する祖父と父の卓越した技術を受け継ぐべく、研鑽の日々を送っている。

優れたすずりはデザインに加え実用性が最も重要である。
書家がよく「墨がおりる」と表現する心地よい擦り味の決め手となるのが石である。

青栁 貴史さん インタビュー
製硯師せいけんし」になろうとした、きっかけは?

小学生の時、宿題で祖父と父の仕事風景を絵に描くことがありました。それまで仕事場は自分にとってごく自然な風景で、真剣に二人の仕事を観察することなどなかったので、子供なりに新鮮な出来事でした。今でも黙々と作業に取り組む祖父と父の姿、墨の匂いがとても心地よかったこと、忘れられません。

高校に入ると祖父の手伝いをするようになり、祖父から硯のことを少しずつ教えられました。自分がすることを祖父がよく見ていてくれて、私にとって楽しい時間でした。その頃から、「いずれは自分も製硯師になる」と自然と思うようになっていったのでしょう。
大学は中国での石の買付けに役立つと思い中国語学科に進学、卒業後は、別の仕事に就き30歳を区切りに硯作りの道に進もうと考えていました。

しかし、大学3年の頃、祖父が病に倒れ、病室で意識がはっきりしない中、私に硯作りを教えようとする姿を見て、祖父の職人魂に心打たれました。数日後、祖父が他界、自分も早く優れた「製硯師」になりたいと決意し、大学を中退して父に弟子入りを願い出ました。

手に伝わるざらつきと音で、どれだけ磨けているかを判断する。
老坑を用いた硯、完成も近い。

どんな「製硯師」になりたいですか?

弟子入りしてから14年、自分なりに硯作りに精一杯取り組んでいるつもりですが、まだまだ見えないものがあります。

石を見て、この石をどう削っていくのか、頭の中に図面を描き判断しなければなりません。
もっともっと、さまざまなイメージができるよう経験を積まなければと思っています。

かつて、父に一度、他の所で勉強がしたいと申し出たのですが、反対されました。「うちには古い優れた硯がたくさんあり、それに触れることが一番の勉強だ」と言われました。

私は硯職人として、とても恵まれた環境にあると思います。それゆえに、長く愛される、より良い硯を作らなければと強く肝に銘じています。そして、次の世代に硯作りの技術や知識を伝えて、少しでも書道文化の発展に貢献できればと思っています。

青栁 貴史さん
弟子
青栁 貴史さん
師匠 青栁 彰男さん
師匠(父)
青栁 彰男さん

師匠(父)彰男さん
インタビュー

貴史さんは、どんな職人ですか?

子供は貴史一人ですが、自分の後を継いで、硯職人になってくれと言ったことはありません。ですから学生の頃、祖父の作業の手伝いを始めた時も、私は特別教えませんでした。

祖父は貴史が孫ということで可愛かったのでしょう、何かと手ほどきをしていたようです。

しかし、そのことが貴史を「製硯師」の道へと導いたようです。

息子は幼い頃から絵を描くのが好きで、とても器用でしたから、硯の技術の習得も早いようです。

これからも、特に古い時代の優れた硯を数多く触れて、そこから新しいものを作り出し、さまざまな経験を積む中で、自分なりの技術を身に付けていって欲しいと思います。

取材を終えて

取材中、青栁さんから硯についてさまざまなお話を伺いました。

硯の歴史、美術的考察、そして書道に関する事柄等、青栁さんが硯に対して、いかに深い思いを持っているのか感じ取ることができました。

そんな青栁さんの趣味は音楽と車。音楽は鑑賞のみならず、自らチェロで民族音楽やクラッシックを弾きこなし、車は、運転自体を楽しみたいとのことからスポーティな車を乗りこなす。青栁さんが愛するチェロと車には共通するものがあると言います。それは「作った職人の思いが、その製品によく表れる」。それらに触れる時、そのことを強く感じ感動するそうです。

そして、「自分が作る硯を手にする人にも、そんな思いが感じられるよう、一刀に心を込めています。」と、語ってくれました。

その真摯な姿勢に、一生ものと称される硯を生み続けてくれることを確信しました。

硯

すずり

硯は墨を水で磨りおろすための、石や瓦で作られた道具。

書道の世界では紙、筆、墨と共に「文房四宝」と呼ばれ、特に硯は手入れをすることにより一生ものとして半永久的に残り、高級な硯は美術品としても評価されている。

硯は中国で誕生し、始めは自然石や陶器などさまざまな材料で作られていたが、やがて石を削って作る「石硯」が主流となった。

日本でも室町時代に「石硯」が作られるようになり、硯の産地は全国に広まっていった。

現在、山口県宇部市の赤間石、宮城県石巻市の雄勝石などが石の産地として知られている。

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