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#097

群馬県 桐生横振り刺繍職人
比嘉 寛志

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桐生横振り刺繍職人 
比嘉 寛志

Higa Hiroshi
1988年 沖縄県生まれ

高校、大学は陸上競技(長距離)に打ち込む毎日だった。
大学卒業後、セレクトショップで仕事を始め、そこでスーベニアジャケットに施された横振り刺繍に魅了された。

沖縄の刺繍職人から横振り刺繍の第一人者・大澤紀代美さんの話を聞き、桐生を訪ねる。これまでに見たことのない大澤さんの作品を前にして、絶対に習いたいと決意を固めた。

その後、桐生に移り住み、師のもとで技術向上に努める毎日を送っている。

横振りミシンという、針が左右に動くミシンで描いていく。
糸は光の加減で濃淡が生まれる。その特性を利用し、実際に使っている色の数より多く見せる。

比嘉 寛志さん インタビュー
横振り刺繍に出会ったきっかけは?

もともと刺繍に興味があったわけではありません。沖縄にいた時、働いていたショップと付き合いのあったお店があるんですが、その店にあったスーベニアジャケット(スカジャン)の、あの独特の刺繍の柄に感動したんです。言い表せないほどの感動でした。「絵でもない、プリントでもない、なんか凄い!」という、一目惚れみたいな感じですね。そして「とにかくやってみたい」と思ったんです。すぐに桐生に来て大澤先生と出会い、気が付いたらこの世界に飛び込んでいました。

自分は「やりたい」と思ったら動かないと気がすまない性格で、失敗しようがなんだろうが、自分の中で諦めがつくまでやりきりたい、という決意でここへ来ました。

師匠が刺繍を手がけた、デザイナーのドン小西さんの作品を目の当たりにし、
比嘉さんは「本物」を作っていく決意を新たにした。

大澤先生から教わったことは?

先生の作品を初めて見た時、服だけでなく、絵画のような刺繍まであり、衝撃を受けました。一度は先生に断られましたが、それらの作品を見たら余計に諦めきれなくなりましたね。

すぐに桐生の先生のもとで、刺繍に取り組む姿勢、ミシンの扱い方など、基本から教わりました。「ここまで気を使うものなのか」と、正直驚きました。こんなに繊細な技術が使われていたなんて分からなかったし、独学でやっただけでは絶対に気付けないことばかりでした。

今後も先生を目指して進んでいけば、間違いはないと思っています。まだまだ遠い存在ですが、何か一つでも吸収して、追いつけるように精進したいです。

そしていつか、自分の中にある世界観を作品として打ち出してみたいと思っています。

比嘉 寛志さん
桐生横振り刺繍職人
比嘉 寛志さん
大澤 紀代美さん
師匠
大澤 紀代美さん

師匠 大澤 紀代美さん
インタビュー

比嘉さんはどういう方ですか?

今時の若者の感覚をもっていますよね。一生懸命、この仕事に勝負をかけていると思います。だから私は、彼の性格の良いところをどんどん伸ばしてあげたいですね。

あと、作品やものの見方も教えてあげたい。今まで感じなかった、風の音や匂いを感じるようになるんです。それは、ものすごく大事なんですよ。

生まれてきて、すぐに歩ける子がいないように、努力を積み重ねて一歩一歩、歩けるようになったり、走ったりできるようになる。全てそれと同じだと思うんです。それを手助けしてあげるのが私の役目だと思っています。

彼は、スタートは遅いけれど長距離ランナーですね。将来的には大きくなると思っています。

取材を終えて

撮影中、比嘉さんは、大澤さんの一針一針を食い入るように見つめ、言葉に耳を傾けていました。

「先生の何気ない動きや言葉の一つひとつが、とても勉強になります」と学ぶ意欲が全身から溢れ、その言葉通り、取材したわずかな期間にも技術に変化が見られました。

また、ファッションデザイナーのドン小西さんから大澤さんが刺繍を手掛けた20年前の衣装を見せてもらった時、子どものように目を輝かせ、糸の一本一本に目を凝らしていました。

20年たっても本物は色褪せない、比嘉さんの刺繍への愛情と情熱なら20年先も色褪せない本物の作品を作れると確信しました。

桐生横振り刺繍

桐生横振り刺繍

針が左右に動く「横振りミシン」を使用した、日本独自の技法を用いた刺繍。桐生は大正期に横振りミシンが導入されて以来、全国でも屈指の刺繍の産地として発展してきた。

金糸、銀糸をはじめとする多彩な色糸から、打掛や振袖に施される刺繍の美しさは、華やかにして温さを醸し出し、桐生の技術の高さを表している。

現在では、着物への刺繍だけでなく、スーベニアジャケット(スカジャン)の刺繍としても有名。