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#094

愛知県有松・鳴海絞 括り職人
大須賀 彩

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有松・鳴海絞ありまつ・なるみしぼり くくり職人 
大須賀 彩

Osuka Aya
1986年 愛知県生まれ

三河湾に面する町で漁師を生業とする家庭に生まれ育った。小さい頃から好奇心旺盛で、1度興味を持ったことはとことんまでやりきる。 幼い頃から続けている書道は、師範の資格を得るまで上り詰めた。高校卒業後は短大に進むが、生地に色を付ける「染色」に興味を持ち、短大卒業後、名古屋学芸大学に編入。そのまま大学院まで進み、「染色」を徹底的に学んだ。

19歳の時、大学の授業で有松・鳴海絞を知り、現地に乗り込み、有松鳴海絞会館で展示品を見たのを機に職人になろうと決意。老舗「スズサン」の四代目 村瀬 裕さんに弟子入りするが、学業も続け、括りも染色もできる職人となった。職人となり8年後、括り職人は、様々な絞屋で経験を積むべきとの助言により、若き山上 正晃氏が代表を務める「山上商店」へ移動し、技術を磨いている。現在、職人歴10年目。伝統的絞技法の一つ「手筋絞」での伝統工芸士認定を目指している。

旧東海道沿いの町・有松は、宿場町ではなく「あいの宿」という休憩所だったが、
歌川広重が描いた「東海道五十三次」に描かれるほど人気が高かった。
その人気の理由のひとつが「有松・鳴海絞」だ。

大須賀 彩さん インタビュー
有松・鳴海絞 括り職人を目指したきっかけは?

小さい時はよく、ビーズで形を作ったり、石並べや色塗りをして遊んでいました。何にでも興味をもつ子だったみたいですね。お菓子作りにはまっていたこともあって、最初の夢は、パティシエでした。でも、その頃から、絵を描くことは特に好きでしたね。色に対して関心が高かったんだと思います。

幼い頃から「色」が好きだったので、染色には、ものすごく興味がありました。調合次第で色が変わったり、生地によって色の出方が変わったりするところが面白いですね。やりがいがあるし、やっていてとても楽しいです。

将来的には、自分の拠点となる場所、お店などを持つことが夢です。それと並行して、絞染めの技術を後進の人たちに教えたり、伝えたりする活動もやっていきたいです。

「手筋絞=大須賀 彩」と言われるくらいの存在になれるよう、最大限の努力を注いでいきたいですね。

作るのは手筋絞てすじしぼり柳絞やなぎしぼり、手蜘蛛絞の技法による暖簾のれん
柳絞の中に手蜘蛛絞が入る「蜘蛛くも入りやなぎ」を括る。

「絞」の好きなところは?

「絞り」に出会ったのは、初めは授業でした。その時は輪ゴムとか、割り箸で絞って染める、簡単な染め方を習ったんです。だから、「絞り」というのはそういうものだと思っていました。はじめて高度な技術の絞り方を見た時は、衝撃を受けましたね。

機械ではなく、人の手でやっていることにも感動しました。昔の人が考え出した柄って、すごいんですよね。しかも種類も盛りだくさん。色によって表情が変わるのも面白いところです。

私の専門は「手筋絞」と言います。コンプレックスだった手の大きさと握力の強さが活かせる方法なんです。

絞りを勉強したからには、称号じゃないですけど、証として伝統工芸士になりたいです。

これからも色々な技術をどんどん学んで、様々なことに挑戦し続けていきたいです。

大須賀 彩さん
有松・鳴海絞 括り職人
大須賀 彩さん
村瀬 裕さん
スズサン 四代目
村瀬 裕さん

スズサン 四代目 村瀬 裕さん
インタビュー

大須賀さんと初めて会った時の印象は?

最初に会った時はまだ、名古屋学芸大の学生でした。作品を既に作っていて、発表したいと思っていた時期だったみたいですね。うちで学びたいと言って来たのですが、最初はお断りしていたんですよ。というのも、その前に別の若い子がお手伝いで来ていたのですが、環境的に馴染めず辞めてしまったんですね。

でも、大須賀さんは非常に熱心に技術を習得してくれました。産地に入ってくる子は意識が強いんですよね。学びたい、自分なりに展開したいというビジョンを持っている。学んだ技術を、どう咀嚼して新しいものに反映していくか、というビジョンまで彼女の中にはあるので、大したものです。

ですが、職人としては、まだまだ駆け出しです。学ぶことがたくさんある時期でもあると思います。

産地に溶け込んだ形でもっともっとコミュニケーションを取って行くことで、新しい絞の可能性を魅せてくれるのではないかと、期待しています。

取材を終えて

大須賀さんは、有松・鳴海絞 括り職人としてたくさんの夢をお持ちでした。

伝統工芸士になること、有松に自分の店を構えること、そして、自分を題材にしたドキュメンタリー番組に出ること。取材初日、大須賀さんは緊張して一睡もできなかったと言ってました。

でも、番組にそれもドキュメンタリー番組に出たいということは、今の自分が行っていることに間違いはないという思いの表れだと感じました。とにかく何事にも精一杯取り組み、最後まで諦めないという姿は、感動すら覚えました。

山上商店の山上社長が大須賀さんのことを「本当にありがたい職人さんだ」と仰ってました。

その理由は、技術の正確さもさることながら、後進指導や宣伝活動を言わなくてもどんどん自分からやってくれるからだそうです。

大須賀さんの抱く、全ての夢が叶うことを心から願っています!

有松・鳴海絞

有松・鳴海絞ありまつ・なるみしぼり

愛知県名古屋市緑区の有松・鳴海地域を中心に生産される絞り染めの名称。

「絞り」の技法そのものは奈良時代に始まったものだが、「有松・鳴海絞」が始められたのは江戸時代の初めの頃。

下絵通りに染め上がるよう布に糸を巻き付ける括り職人の技術力と、技法の豊富さが、多種多様なデザインを生み出している。