B! インスタグラム

寄席文字よせもじ職人
橘 さつき

Tachibana Satsuki
1982年 静岡県生まれ

小学生の頃から書道を習っていたさつきさん。大学進学のため上京し、大学院まで美術史を学んだ。
就職後、友人と行った星野源さんのライブで春風亭昇太さんの落語と出会い、一気に心を奪われる。落語芸術協会主催のファン感謝イベント「芸協らくごまつり」で、たまたま参加した寄席文字体験教室が、寄席文字との出会いとなった。

2010年、荒川区の匠育成事業で寄席文字の後継者を募集していることを知る。寄席文字との縁を感じてすぐに応募し、この世界に飛び込んだ。師匠は寄席文字 橘流 橘 右橘うきつさん。歌舞伎文字 三禮勘亭流さんれいかんていりゅう 荒井 三鯉さんりの名も持ち、千社札の会 東都納札睦とうとのうさつむつみで公式筆耕ひっこうも務める江戸文字の大家である。
さつきさんは修業6年目の2017年1月、橘流一門の総意を得て「橘さつき」の名を許された。

寄席文字専用の穂先の短い筆。筆は寝かせて鉛筆のように構える。
独特の筆遣いの基本は、全て数字にあるという。

橘 さつきさん インタビュー
この仕事を志した経緯は?

落語が好きだったので「芸協らくごまつり」という落語芸術協会主催のファン感謝イベントに行きました。そこに寄席文字体験教室があったんです。小さい頃から書道をやっていたので、「面白そうだな」と興味を持ち参加しました。楽しかったのを覚えています。教室の最後に寄席文字が書いてある色紙をいただきました。

その2年後、テレビを観ていたら荒川区が行う職人さんの後継者を育成するプロジェクト「匠育成事業」で寄席文字の後継者募集を知りました。別の仕事には就いていたのですが、自分がやりたいと思える事に出会えたら、挑戦したいと思っていた私はすぐに応募しました。

そして師匠との面談の時ビックリしました。なんと、2年前の寄席文字体験教室で教わった右橘師匠だったんです。「いただいた色紙に書いてあった名前だ!」って。

寄席ビラ書き。 割付をした後、右ではなく紙の左側から書く。
手に墨をつけず、紙をきれいに保つためだ。

実際に寄席文字の世界に入ってどうでしたか?

本当に一番初めの時は、ただただ面白かったです。しかし長く続けていくと、思うように上手くいかないこと、想像していたのとは違うことがたくさんあり、ギャップがどんどん大きくなりました。

後悔はしませんでしたが悩みました。でも「絶対、寄席文字は離さない!」という想いで頑張ってきました。書いている時はとても集中した良い時間を過ごせます。

伝統を継承して伝えるということについては?

「橘さつき」という名前をもらったということは、次につなげる責任を持ったということです。そこがそれまでと一番大きく違うところだと思います。寄席文字を色んな人に知ってもらって、「素敵な文字だな」「自分もやりたいな」と思ってくれて、その人がその人なりの方法で寄席文字と向き合ってくれたら、いいと思います。私にその「橋渡し」ができたら最高ですね。

橘 さつきさん
弟子
橘 さつきさん
橘 右橘さん
師匠
橘 右橘さん

師匠 橘 右橘うきつさん インタビュー
橘 さつきさんに期待することは?

「橘さつき」という名取りになってもらったのには理由があります。徐々に技術が上がっているということは勿論、とにかく良い人。人間性が良いということです。「芸は人なり」と言いますが「文字も人なり」です。よく私も右近師匠に「文字には人間性が出るよ」と言われました。

また、違う世界にも進出して良いと思っています。寄席文字を武器に、自分なりの大きな展開を考えてやっていってほしい。

先人が作ってきたものを「踏襲している」といえば聞こえはいいですが、使わせてもらって、お金にもする訳です。なので、恩返しをしなくてはいけません。何が恩返しかというと、次の世代へ伝えていくことが恩返しです。寄席文字を多くの人に知ってもらい、裾野を広げていく。これが我々の本当にやるべきことですから。色んなことに挑戦していってほしいですね。

取材を終えて

橘さつきさんはとても明るく、よく笑う方でした。明るい人柄のさつきさんの書く文字はやはり明るく感じました。寄席文字は落語と寄り添い書き継がれる文字なので、これも大切なことなのだと思います。

ところでさつきさん、寄席文字を書いている時に息が止まっていることが多いんです。すごい集中力だと思います。撮影していてアレ?息をしてない!?と心配になることも。

また、書いているところを目の当たりにすると、手と筆が一体になったような美しい動きに目を奪われます。そして次々に生まれる まろやかな文字たち。やはり書いてみたくなります。

一度筆をお借りして挑戦させていただきました。線一本書くだけで汗が出てくる始末。しかもかすれて、きれいな線とは程遠い……当然ですが。

寄席文字職人の道、それは漢数字の「一」をひたすら書くところから始まるのだそうです。

最後になりますが、VTR中に、今回は橘さつきさんに書いていただいた寄席文字をテロップで沢山ご覧いただけます。そちらもどうぞお楽しみください。

寄席文字

寄席文字よせもじ

〝江戸文字〟と呼ばれる、江戸の昔から受け継がれる文字のひとつ。「寄席文字」は読んで字のごとく落語の世界を彩る文字(他にも江戸文字には歌舞伎「勘亭流」、「相撲字」、「千社札」や「提灯」などの文字がある)。

丸みを持ち、かすれのない、どこか可愛らしくもある寄席文字は「大入りになりますように」との願いを込め、紙を客席に見立て墨黒々と隙間なく書く。また「業績が上がりますように」と右肩上がりで書く縁起文字である。橘 右近家元の教えを大切に守りながら書き継がれている伝統の技術である。

動画を見る