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江戸木版画 摺師すりし
小川 信人

Ogawa Nobuto
1990年 東京都生まれ

江戸時代、新聞や雑誌といった庶民が日常に手にする情報を印刷する手段として発展した「江戸木版画」。

その江戸時代から続く摺りの技法を継承する関岡 功夫さん(荒川区指定無形文化財保持者・故人)を祖父に持つ。

現在は、祖父の弟子であった川嶋 秀勝さんのもとで、より高度な技術を身に付けようと努力を続けている。

葛飾北斎の神奈川沖浪裏の木版画摺に挑む。
和紙に全7枚の版木で摺りあげる。

小川 信人さん インタビュー
この仕事を志したきっかけは?

祖父の木版画摺の制作を間近に見て育ったので、憧れはずっと抱いていました。

小学生の時、夏休みの自由研究で初めて木版画摺に挑戦し、とても難しい仕事なんだなと思いましたね。その時は祖父の弟子として働いていた現在の師匠・川嶋さんに手伝ってもらい、今でもその版画は大切に保管しています。

自分は「個人の力で勝負する」ことに強い想いがあります。大学卒業後、一旦会社勤めをしましたが、先祖代々守り続けてきた摺師の技術を守れるのは自分しかいないという状況を知り、摺師という仕事こそ〝個人で勝負できる最高の職〟という想いに至り、この道に進むことを決意しました。

空の部分にぼかしを入れる。
水を含ませた部分は色が浸透しにくいため、
その下に色を置き、刷毛でこすることでぼかしが出来上がる。

摺師という仕事の魅力は?

コピーなどの複写技術が発展した今なお、江戸木版画の技術が存続している理由は、「技を極めれば手仕事でも素晴らしいものができる」という魅力があるからだと思います。和紙だからこそ生まれる手触りの良さ、丈夫さも魅力です。200年以上前に摺られた絵が奇麗な状態で残っているというのは、世界的に見ても日本が圧倒的に多いと聞きました。自分もこの仕事を極め、いつか後世に残る作品を手掛けたいと思います。

職人という仕事は力量次第。作品の出来が良くても悪くても自分に返ってくるということにとてもやりがいを感じています。一人で全部作品を仕上げて、納めた時にお客さんから「いい仕事だね」「ありがとう」と言ってもらえるのは格別に嬉しいです。

自分の中でも「いい出来で仕上がったな」と思えて、お客さんの満足も得られたら、最高ですね。

小川 信人さん
弟子
小川 信人さん
川嶋 秀勝さん
師匠
川嶋 秀勝さん

師匠
川嶋 秀勝さん インタビュー

摺師 小川 信人さんをどう思いますか?

もちろん彼のことは生まれた時から知っています。そんな彼が「弟子入りさせて欲しい」と言ってきたのは今から4年前の出来事でした。師匠から受け継いだものを次の世代に受け渡すことができるということがすごく嬉しかったですね。「これまでやってきて良かった、役割を果たせた」、そう思いました。

彼は、明るくてやる気もある、そして何よりも「代を継ぐ」という強い意志があります。どんな仕事でもそうでしょうけど、楽しさを見つけないと続けていくのは難しい。だから1日も早く「この仕事の楽しさ」を見つけて欲しいと思います。

私も70歳を越え、あと何年仕事を続けられるか分かりませんが、持っている技術を全て彼に伝え、立派な摺師に成長するよう手助けしたいと思っています。

取材を終えて

取材中、小川さんが師匠の川嶋氏と行った木版画摺のワークショップで多色摺を体験させてもらいました。

自分が摺ったものは、図柄もずれ、色はかすれ、付けてはいけない所にまで色を付けてしまうなど、摺師の仕事の難しさを身を持って知ることができました。

摺師の方々は、紙の湿り具合や版木の色の乗り具合、その日の気温や湿度の違いを的確に感じ取って、一枚一枚正確に何百枚も同じ絵を摺り重ねます。自分の目と手の感覚だけで図柄を合わせていく、その技術の奥深さに感動すら覚えました。

日々、職人としての技の習得に励み、師匠の背中を追う小川さん。そんな若き職人の姿に心を強く打たれました。

江戸木版画

江戸木版画

木版画の「彫り」と「摺り」の技術は、飛鳥時代に仏教の教えと共に大陸から日本に伝わったと言われている。

江戸時代に入り、才能あふれる絵師達が描いた浮世絵を多くの人々に伝えようと、彫師と摺師が技術を向上させ発展を遂げる。情報伝達の手段が乏しく、民衆が情報を得るのが困難だった時代において報道的役割も担った。

明治時代以降、機械化が進み、印刷や写真が台頭したことにより衰退した時期もあったが、和紙ならではの独特な手触りや美しい色彩、分かりやすい構図など、根強い人気を誇り、2007年には国の伝統的工芸品に指定された。

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