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高岡漆器 螺鈿師らでんし
武蔵川 剛嗣

Musashigawa Takeshi
1981年 富山県生まれ

国指定の伝統的工芸品、高岡漆器の「青貝塗あおがいぬり螺鈿らでん)」の伝統と技法を受け継ぐ。明治43年(1910年)創業、武蔵川工房の四代目。幼い頃から父 義則さんの背中を見て育ち、家業を継ぐと決意。

工芸高校の工芸科に進学し、卒業後、石川県立輪島漆芸技術研修所に5年間通った。漆器に関する様々な技法を学ぶことで、あらためて螺鈿の技術の奥深さに気づいた。

2015年に伝統工芸士に認定。1つとして同じもののない天然素材の貝と向き合い、螺鈿の新たな可能性を日々研究し、創作に励んでいる。

0.1ミリの薄さに削られた貝に図案を写し、パーツに分ける。
貝の色の個体差や、変化する輝きを見極めることが重要となる。

武蔵川 剛嗣さん インタビュー
螺鈿師になったきっかけは?

幼い頃から自宅兼工房で作業する父の姿を見て育ちました。父が作る作品は、美しく、息を飲むほどです。でも、その美しい作品に影響を受けたというよりは、螺鈿と向き合う父の背中を見て「職人はカッコいいな」と思うようになったんです。

「父の背中に追いつきたい」という思いで、何とか螺鈿に携わることができました。同じ職人の道に進んだからこそ、父の偉大さに圧倒されています。幼い頃に憧れた「カッコいい」という感覚は、貝に惚れ込み、螺鈿に本気で向き合っている姿だったのだと確信しています。

僕には息子がいます。
あの日、僕が見たカッコいい父の背中を息子にも見せられるように、螺鈿に本気で向き合っていこうと思っています。

針で貝を彫り込み、漆を上塗りする。
乾いた漆を削ると彫った線に色が載り、絵柄が浮かび上がる。

高岡に生まれて思うことは?

螺鈿の歴史は古く、絢爛豪華けんらんごうかな加飾は古くから珍重されていました。古い時代の作品を見ると、今でも新鮮に感じます。螺鈿の美しさは色褪せないと思っています。

高岡には、400年の歴史がある「高岡御車山祭みくるまやままつり」があります。祭りで使われる御車山(曳山ひきやま)は、江戸時代に制作され、高岡で受け継がれている漆芸や金工、染織、彫刻などの伝統の技が詰まっています。
平成30年春、現代の技術を次世代に伝えようと「平成の御車山」が5年の年月をかけ完成しました。そこには、父が手掛けた螺鈿があります。残念ながら僕は携わることはできませんでしたが、高岡に生まれたからには、いつかこのような仕事に携わり、100年、200年経っても美しさが変わらない作品を残したいと思っています。

武蔵川 剛嗣さん
弟子
武蔵川 剛嗣さん
武蔵川工房 三代目 武蔵川義則さん
師匠 武蔵川工房 三代目
武蔵川 義則さん

師匠 武蔵川工房 三代目
義則さん インタビュー

螺鈿師にとって貝とは?

螺鈿の製作において一番大切なものは「光」です。高岡漆器では、貝そのもので全体の図案を構成します。貝の輝きをいかに引き出し、コントロールできるかが重要です。

実は、貝の色は構造色といって、光の反射によって虹色に輝いて見えるんです。貝自身には色がないと言われています。身近なものでは、しゃぼん玉やCDも同じ原理です。光の角度によって、どんな色にも変化するわけですから、貝の輝きに対しては神経を使います。古くから先人たちは、貝を美しく魅せるため様々な工夫をしてきました。もともと厚みのある貝が使われていましたが、やがて薄い貝が使われるようになりました。薄くするほど輝きが増し、青から赤までの虹色の変化が生まれるのです。また、貝の裏から彩色するという技法もあります。

いつの時代も人々は貝の美しさに魅せられ、技術を生み出してきました。貝の美しさへの探求は生涯続くと思います。

取材を終えて

螺鈿は、宝石のような美しい輝きを放つ。でも、それは偶然ではないと知りました。

その輝きを生み出すのは、貝の持つ魅力を極限まで際立たせる職人の技。

貝殻を0・1ミリの薄さに磨き上げ、息がかかるだけで吹き飛んでしまう細かいパーツ、集中力の途切れることのない手仕事。同じ輝きは一つとしてない天然素材、その一つひとつに向き合う剛嗣さんの丁寧な技が、螺鈿の宝石のような輝きを生み出していました。

高岡漆器 青貝塗 螺鈿

高岡漆器 青貝塗あおがいぬり螺鈿らでん

国指定の伝統的工芸品、高岡漆器を代表する技法の1つ「青貝塗(螺鈿)」。光の角度によって七色に光る貝殻の真珠層を装飾として用いる技法。

高岡では、主にあわび貝を0・1ミリ程の薄さに削ったものを漆に貼り、加飾をする。漆の黒が薄い貝を透けて青く光って見えることから「青貝塗」と呼ばれている。

貝の美しさをそのまま使うこともあれば、貝を彩色することもあり、多彩な表現が可能。

青貝塗は高岡独自の技法である。

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