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刀剣研師
多田 芳徳

Tada Yoshinori
1989年 新潟県生まれ

幼い頃は祖母と時代劇をよく観ており、敵に向かって立ち回る将軍の姿に憧れ、刀に興味を持ち始める。大学生の頃、知人を通して研師の臼木良彦氏の仕事を見学する機会に恵まれた。想像していた華やかな世界とは異なり、地道な作業を繰り返して日本刀を磨き上げていく仕事に魅了され、研師の道を志す。
優れた業績を残す臼木氏に師事して6年、日本の伝統文化を継承するべく一人前の研師を目指し日夜、精進を続けている。

日本刀を研ぐ工程は下地研ぎと仕上げ研ぎの二つの段階に分けられる。
下地研ぎは刀の錆や傷を直し、刃や形を整える。
仕上げ研ぎでは地鉄や刃文の美しさを引き出す研ぎをおこなう。

多田 芳徳さん インタビュー
研ぎの際に意識していることは?

第一に刀を減らさない。壊さないということです。研ぎとは「減らす」ことで、壊すことと紙一重です。なので、初めて本物の刀を持った時はとても緊張しましたし、どう研いだら良いのか分からないので、少しずつ確認しながらの作業でした。
修行をして3年目くらいで、研ぎの独特な体勢に慣れ始めた時から、少し基礎が出来たかなと思えるようになりました。
刀は文化財なので、長く後世に伝えて行くため慎重に研いでいます。また、同じくらい大切にしているのは作者の意図を汲んで魅力を引き出すことです。
昔の刀の作者には会えないので、刀の個性を大事に研ぐことを意識しています。

拭いという刃文と地鉄の色を際立たせる作業。
酸化鉄と特別な油で作られた研磨剤で刀身をみがく。
これによって刃文は白く地鉄は黒くなり、刀らしい調和のとれた風合いになる。

どのような研師になりたいですか?

刀の魅力を引き出して誰が見ても綺麗、美しいなと思ってもらえるような研師になりたいです。そして、師匠のような研師になりたいと思っています。
研師とは、日本の伝統技術を後世に残す繋ぎ手のような役割があるのではないかと考えています。
師匠は、そういった技術面だけではなく、弟子を取り継承してゆくとても大切なことをやられていると思います。自分もゆくゆくは独立し、弟子を取り師匠から教わった技術を受け継いでいきたいです。

臼木 良彦さん
師匠
臼木 良彦さん
多田 芳徳さん
弟子
多田 芳徳さん

師匠
臼木 良彦さん インタビュー

どんな刀も日本の文化財だと思って作業しています。それを次の世代に繋いでいかなければならないと思います。なので、刀を極力減らさないというのは常に頭に置いて作業していかなければなりません。この世界は「魔の3年」とよく言われています。3年を境にこの先乗り越えられるか脱落してしまうかに分かれるんですね。彼は人間的にも真面目で既に3年を乗り越えています。3年目の時と今では明らかに彼の中で覚悟が違ってきているように見えていますね。

取材を終えて

黙々と日本刀に向き合う。静かな工房にあるのは刀を研ぐ音だけ。朝から晩まで同じ姿勢でひたすら刀を研ぐ。
撮影前のご挨拶に伺った際、「地味ですよ」「番組になりますかね」、そう言われたことを思い出す。どうしてこの若者はこんな仕事を選んだのか。
自分の力で美しい刀を作る、日本の文化財を後世に残す…。確かにもっともらしく聞こえる。でも本当にそれだけで?どこかで引っかかっていた。多田さんの口からは何度も「師匠のような研師になりたい」という言葉を聞いた。ひょっとしたら師との出会いがその理由なのではないか?
臼木先生のもとで早6年。多田さんはすでに3回も刀剣研磨の賞を受賞している。研師の仕事は日本刀の個性を引き出し、隠れた美を表に出すこと。臼木先生が多田さんの才能を引き出したのかもしれない。運命の出会い。その言葉がぴったりな師弟だ。
尊敬する師の元で彼がどのような研師になるのか、これからが楽しみだ。

日本刀・研ぎ

日本刀・研ぎ

古来より戦の道具などとして用いられてきた刀だが、当初は真っ直ぐな刃である「直刀」であった。平安中期以降、日本刀は直刀から反りのある湾刀に変化していったと言われる。江戸時代前期頃からは戦の道具だけではなく美術品、権力の象徴とされ、献上品などとして多くの人々を魅了してきた。
日本刀は、様々な職人の手によって作られている。その中でも、研師は刀を研磨することで、刃文を浮かび上がらせ、美しい姿へと仕上げていく。
日本刀に美を施す重要な職人である。

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