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安中打刃物職人
笠原 歩夢

Kasahara Ayumu
2002年 群馬県出身

群馬県の鍛冶工房「本家 松永製作所」の三代目・笠原好男さんの息子で、四代目継承予定。
幼少期から親の仕事を見て育ったが、調理師学校へ進学し、料理人としてホテルに勤めた。
販売イベントの手伝いをした時に、購入者の声を聞き、「受け継がれてきた伝統を途絶えさせてしまうのはもったいない」と思い、跡を継ぐことを決意。父に弟子入りを申し出た。
工房に入って三年で、基礎的な工程は身についた。さらに多様な形の農具づくりや修理品への対応なども父の元で日々学んでいる。

地域の農と暮らしを支えてきた安中の鍛冶。
手がける刃物は多岐にわたる。

伝統を
絶やさないために

親に「継いでほしい」と言われたことはなかったですが、弟子入りを申し出た時はとても喜んでくれました。
まだその時は祖父も生きていたのですが、祖父は泣いて喜んでくれました。
農具もホームセンターにいけばいつでも量産品が買える時代になりましたが、「やはり一点一点つくったものには敵わない」とおっしゃる方も多くいます。
地域の農家さんから特殊な依頼が入ることも多いので、急な修理品の依頼や特注品の依頼にも応えられるようになりたいです。
県内の鍛冶工房もうちを含めてあと数軒しか残っていないですが、使ってくれる人がいる限りは続けていきたいです。

初めての四本万能づくり。
父の指導のもと、慣れない作業にも挑戦した。

鍛冶にしか
できない仕事

毎日料理するときは、うちでつくった包丁を使っています。
調理師学校の時に買ったステンレスの包丁も使っていて、切れ味は研げばどの包丁でもある程度良くなるのですが、鋼で鍛造してつくった包丁は一回研いだあと切れ味が落ちづらいです。
弟子入りした時は農具の名前や、どんな作業に使われるかも全く知らなかったのですが、しっかり農家さんの仕事を支えられるようなものをつくっていきたいです。
両親が安心して僕一人に工房を任せて、旅行に行けるぐらいになるのが目標です。

笠原 歩夢さん
安中打刃物職人
笠原 歩夢さん
母 笠原明子さん
母 笠原明子さん
本家 松永製作所 三代目 笠原好男さん
本家 松永製作所
三代目 笠原好男さん

本家 松永製作所
三代目 笠原好男さん

私も歩夢も一度まったく違う仕事をしてから鍛冶屋になりました。
先代は昔の教え方だから「見て技を盗め」というスタイルで技を学ばないといけませんでした。
今の子は順序立てて説明したらすぐにできるようになるので、歩夢にも言葉で教えるようにしています。
歩夢はスピードが遅いことを気にしているみたいですが、今は間違いのない仕事をできるようになる方が先です。スピードは経験を積んで迷いがなくなると早くなります。
また、歩夢は研ぎが非常に得意で、もう研ぎの仕事は歩夢に任せている状態です。
まだまだ若いので、失敗してもいいから沢山の経験を積んでほしいです。

取材を終えて

鍛冶はただ刃物を作る仕事ではない。今回の取材を通じて強く感じたことの一つだ。農具の需要が減る一方、工房には切れ味の良い打刃物を求める人、研ぎ直しや修理を頼む人が度々訪れる。
父・好男さんは一人一人の要望に応え、母・明子さんはその声に真摯に耳を傾ける。
歩夢さんはそんな両親から、技術と職人としての心構えを学んでいた。
そして何より印象に残ったのは、家族の愛情の深さだ。職人技を伝えるには厳しさが必要だと思っていたが、それ以上に相手を信じ、待ち、支える愛情が必要なのだと、この親子から教えられた。
また、古い農具にも新しい役割が生まれている。桑爪が今ではキュウリやスナップエンドウの収穫にも使われているように、伝統とはただ昔の形を忠実に守ることではないのかもしれない。
「自分の代で終わらせない」という歩夢さんの言葉通り、安中打刃物が時代に応えながら、その先へ受け継がれていくことを願っている。

小石原焼

安中打刃物

古くから続く伝統的な打刃物であり、群馬県ふるさと伝統工芸品に指定されている。
かつて地域の主要産業であった養蚕業や農業を支えるため、作業用具として発展を遂げた。
熱した鋼と軟鉄を重ね合わせ、職人が手作業で叩き鍛え上げる「自由鍛造(手打ち製法)」でつくられる。
金属組織が緻密になり、粘り強く高い耐久性と、優れた切れ味を両立する。
農家の減少に伴い鍛冶工房も減少傾向にあり、現在は数少ない工房が技術を継承している。
地域独自の形状を持つ鍬くわや草カキなどの農具から、料理用の包丁まで、実用性の高い道具が製造されている。