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小石原焼 陶工
梶原 匠太朗

Kajiwara Shotaro
2001年 福岡県出身

福岡県でおよそ350年の歴史がある小石原こいしわら焼。
その中にある窯元、やままる窯の十四代・梶原日出かじわらひづるの長男。
子供の頃は跡を継ぐことは意識していなかったが、高校を卒業した時に、継ぐのは自分しかいないと思いこの道に。本格的に修業を始めて5年、日々の仕事の中で様々なことを経験しながら技術を磨いている。
小石原には若手の陶工が所属する青年部があり、先輩たちと共に、小石原の未来を考えながら切磋琢磨を続けている。

刷毛目はけめ藁刷毛わらばけ飛び鉋とびかんなといった、ろくろの回転を利用した装飾が特徴。

焼き物をつくる意義

焼き物には、芸術的な側面が強いものと、お客さんが使うことで価値が生まれるものの2通りがあると思うんですけど、小石原焼は後者です。
僕は300年を超える歴史がある窯元に生まれて、「やきものをつくる理由」や「やきものをつくる意義」みたいなものが自分の中でまだハッキリとしていないのですが、やっていく中で「多くの人に楽しく使ってもらいたい」という気持ちは強くなってきたと思います。
今はまだ、つくりたい形や色をイメージしても、自分のイメージ通りに手を動かす技術が足りていません。何千、何万とつくり続けるしかないと言われているので、それを信じて毎日、仕事に取り組んでいます。

教わっただけではできるようにならない。身体が覚えるまで繰り返し、「自分の技」にしていくことが必要。

父の背中を追いかけて

ものをつくるスピードと、一点一点のクオリティを保つ正確さは職人歴の長さによるものだと思います。
父は、簡単なやり方は教えてくれますが、細かい指導は全くしません。その理由は、父と同じようにやっても手の形、力、体格が違うので、上手くできないからです。自分に合う正しいつくり方は、自分で考えて、つくり続ける中にしか答えがないと父はわかっているんです。それに応えるためには、父以上につくり続けるしかないんです。父もまだまだ「修業中だ」と言うのですが、私も修業を一生続け、祖父や父のように、自分らしい十五代目になりたいです。

梶原 匠太朗さん
小石原焼 陶工
梶原 匠太朗さん
やままる窯 十四代 梶原日出さん
やままる窯
十四代 梶原日出さん

やままる窯
十四代 梶原日出かじわら ひづるさん

「職人に必要な技術」としてよく言われるのが、「速さ」や「正確さ」などですが、それだけではなく「同じように見せる技術」を身につけるのも大事だと思います。
手づくりである以上、機械のように全く同じにはできません。その不完全さを「手づくりならではの味」にしていくのも、職人の技術のうちですね。そこに到達したら一人前。次の目標が見えてくると思います。
匠太朗はこれから勉強しなければならないことが山ほどあります。
ろくろだけではなく、釉薬のこと、窯焚きのことも深く知る必要があります。一生勉強だと思って頑張ってほしいです。

取材を終えて

小石原焼の故郷・東峰村は、自然の中で人が昔ながらの営みを続ける、素敵な場所でした。
匠太朗さんの第一印象は、裏表のない性格で、人との交流が大好きな若者。そのため周りの先輩にも愛され、青年部でも下から二番目ですが、ムードメーカーとして話題の中心にいます。
今回、小石原の窯元をいくつか取材しましたが、匠太朗さんの人付き合いの良さは突出していました。技術や知識はこれから。ですが、その性格が「人とは違う自分だけの器をつくる」のに大きな武器になると実感しました。匠太朗さんも「自分の性格が器に出れば嬉しい」という思いをもっています。
このまま変わらず今の気持ちのままで、匠太朗さんだけの、多くの人に喜びや楽しさを提供する器をつくっていってほしいです。

小石原焼

小石原焼

福岡県東峰村の小石原地区に伝わる焼き物。
1682年に筑前福岡藩・三代目藩主が、磁器の生産が盛んだった伊万里から陶工を呼び、焼き物をつくり始めたのが起源とされる。
磁器は衰退したが、すでに小石原に根付いていた高取焼との交流を経て、次第に小石原の土を使った陶器をつくりだした。初期は小石原の土の性質を活かし、大型の甕やすり鉢などがつくられたが、大正〜昭和初期の民藝運動で暮らしの中で使われる器づくりが活発化する。
ろくろを使った装飾、飛びかんな藁刷毛わらばけなどの模様が特徴。陶工たちは伝統的な技法に自分らしさを加え様々な器をつくっている。