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和歌山県竿師 辰川 英輝

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竿師 
辰川 英輝

Tatsukawa Hideki
1980年 奈良県生まれ

祖父や父の影響で幼い頃から釣りにのめり込み、将来は釣りに関わる仕事をしたいと、釣り関連の専門学校に入学。

卒業後、憧れたような仕事が見つからず、一度はその道を諦めた。

しかし、釣りへの思いは捨てることができず、卒業から4年後、竿師の城 英雄さんに弟子入りを志願。

内弟子として住み込みで働き、親方の下で匠の技を学んだ。

入門してから5年、ようやく1本の竿をすべて自身の手で作らせてもらえるようになり、これを機に独立が許された。

火入れの工程。
炭火で引き締め、反発力を高める。
適切な温度や力加減を見定め矯正しなければ、後に曲がりが元に戻ってしまう。

辰川 英輝さん インタビュー
竿師を志したきっかけは?

ずっと釣りに関係した仕事に就きたいと思っていましたが、なかなか憧れたような仕事はなく、一度はその道を諦めました。でも「憧れ」は捨てられませんでした。

「紀州のへら竿」と言えば竹竿の代表格として有名で、その竿は釣り好きな人にとっての最高級品で、すごい技術で作られている、まさに私の「憧れ」でした。

「その技術を教えてもらいたい」、そう思って親方のところに弟子入りをお願いしました。

「握り」の工程。
辰川さんの握りのデザインは幾重にも錦糸を巻いた幾何学模様。
持ったときに滑りにくく、美しさと機能性を兼ね備えている。

「内弟子」での修業は、どうですか?

親方の弟子はみんな、内弟子として親方の家に住み込み、修行をします。

親方の仕事のお手伝いはもちろん、家事もやります。

食事の準備や片付けや、親方の身の回りのお世話など修行の一環です。

誰も見ていないところでも頑張っている。仕事には関わりないけど、家のために何かしている。親方はそういう姿をちゃんと見てくれていますし、人としてだんだん信用してもらえるようになる、そんな気がします。ある意味、内弟子に入るというのは、「嫁入り」、みたいな感じじゃないですかね。

私にとって、ここにいる全ての時間で「竿師というもの」、「職人としての心」を親方から学ぶことができる最高の時間ですね。

辰川 英輝さん
弟子
辰川 英輝さん
城 英雄さん
親方
城 英雄さん

親方
城 英雄さん インタビュー

辰川さんはどんな職人ですか?

何一つ文句を言わずに、下を向いてでも、歯を食いしばってでも、一つずつ努力を積み重ねていくことができる、物凄い「粘り強い性格」です。

いつも、「それがお前の一番のええところや」と、その個性を大切にするよう言っています。

難しい仕事でも必ず努力で乗り越えることができる職人だと思っています。

取材を終えて

竿と向き合う親方は言葉少なく一つひとつの作業に全神経を傾けている。

弟子たちは、親方の手伝いをしながら傍らで、その匠の技を吸収すべく、常に注意を払い続ける。

何を考えているのか。その動きが何を意味するのか。些細なしぐさや言葉から、読み取っていく。

昔から変わらぬ親方と弟子の風景を、私たちは懐かしく感じました。

そして、作業が一段落した親方が、優しい口調で私たちに言いました。

「お客さんに、「この竿で今日一日面白い釣りができた、楽しかった」と言ってもらえるような竿を作ることが一番大切なんや」。この一言に親方の竿師としての信念や気概が見えたように思いました。

紀州へら竿

紀州へら竿

和歌山県の伝統工芸品である「紀州へら竿」は、「へら鮒釣り」専用の竿。

和歌山県の北東部に位置する橋本市は、「へら竿」生産の全国シェア90%以上を誇る産地で、愛好家の間では「日本一のへら竿の町」として広く知られている。

この町で作られる「紀州へら竿」は、類稀なる良質の素材と100年受け継がれてきた高度な技術の結晶で、知的な駆け引きが醍醐味とされる「へら鮒釣り」の魅力を最大限に引き出してくれると言われ、多くの釣り人を魅了してやまない。

また、工芸品としての美術的な価値も併せ持ち、「へら鮒釣り」の最高級の竿として名高い。

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