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川尻筆 筆師
畑 幸壯

Hata Koso
1987年 広島県生まれ

1930年創業「文進堂 畑製筆所」の家に生まれる。
幼い頃より工房で父の背中を見て育ち、原毛の目利きの作業を鍛えられてきた。
大学卒業後、工房を継ぐつもりでいたが、父が事故で大怪我を負ったことから一般企業に就職。1年に及ぶリハビリの末、父が奇跡的な回復を遂げ筆師に復帰したことで、勤め先を辞めて弟子入りし、本格的に修行を始める。
良い筆をつくる事に妥協を許さず、生涯勉強であることを心掛け、他にはない唯一無二の筆作りに励んでいる。

今回、中国に生息する野生の山羊の毛を40年以上熟成させたもので筆をつくる。
書家の要望に合わせた長さや艶、こしや毛先の細さを厳選してゆく。
煮沸後、余計な綿毛を取り除くことも重要な作業。

畑 幸壯さん インタビュー
筆師を目指したきっかけは?

職人の家に生まれたというのが一番大きな理由だと思います。
物心つく前から工房で毛に揉まれて遊んでいましたし、先代、先々代の姿を見て、当然のように自分は職人になるのだと感じていました。なので、この道に入ることにためらいも迷いもありませんでした。
ただ、大学時代に父が事故で大怪我を負って、もう筆づくりができないかもしれないと言われた時、父に教えを請うことができないのなら意味がないと思い、一度はこの道をあきらめました。自分の中で一番いい筆、書家の先生が納得する筆というのが父の筆だったので、「父の作っている筆の跡を継ぎたい、その筆を僕も作り、さらに超えていきたい」という気持ちがあったからです。
ですから、父がまた筆をつくることができるようになり、本当にうれしかったですね。さらに気を引き締め、筆師の門を叩かせていただきました。

長さごとに分けた毛を平たく整え、混ぜ合わせて一本の筆が作られる。
どの毛をどれだけ混ぜるかで、筆の形や書き味が決まる。

今後どんな筆師になりたい?

書道の先生が自分の作品を書く際に、「この筆なら自分の思った線が出る」「素晴らしい作品ができる」と言ってもらえるような筆を作り、先生の影の立役者になりたいと思います。

筆作りは体の一部でもあり人生の全てなので、ずっと続けていき、常に止まることなく良いものを作り続けていきたいです。

畑 幸壯さん
弟子
畑 幸壯さん
師匠 父 畑 義幸さん
師匠 父
畑 義幸さん

師匠 父
畑 義幸さん インタビュー

筆づくりの難しさは?

自然の材料である原毛の性質を一本一本見極めなければいけません。とにかく原毛の一番いいところを引き出してあげて、10年20年だんだん調子が上がっていく筆をつくる。また書家の先生の求める微妙なさじ加減を汲み取って、一人一人の手に合う筆を作っていくということが大事ですね。

師匠にとって幸壯さんの存在は?

師匠と弟子という関係が徐々に脅かされる存在になってもらうのが一番の楽しみですね。息子が親父を超えてやろうという風に思って、お互いに切磋琢磨していくことが一番うれしいです。競争心があるからこそ、年を取ってもまだ息子には負けんぞ、親父には負けんぞと。これが代々続いて、伝統が受け継がれているんです。死ぬまで良い筆を作り、その姿を見せたいと思っています。

取材を終えて

畑さんの作る筆は一般的な書道用の筆のイメージと異なり、墨をつけるのがもったいないと思ってしまうほど真っ白で柔らかい。僭越ながら書道の経験があったと話したところ、実際に筆を使わせていただくことができました。半紙に筆をおろすと、その書き味の良さに驚かされました。同時に、扱いがとても難しいプロの筆であるということを感じました。一人一人の求めに応えた世界に一本の筆というのは、作り手にとっても使い手にとっても、真剣勝負なのだと。1本の筆に筆師が命を吹き込み、2度目の命を書家が吹き込む。
現在、スマホやパソコンで簡単に文字が書ける時代、だからこそ、自らの手で想いや気持ちを伝える筆は、なくしてはならないと幸壯さんは語っていました。幸壯さんの作る筆からどんな作品が生まれるのか楽しみです。

川尻筆

川尻筆

筆の四大産地といわれる広島県呉市川尻町で江戸時代末期から作られる書道用を主とする筆製品で、高級筆として広く名を馳せている。2004年国の伝統的工芸品に指定。
獣毛を穂首の主原料とし、「練り混ぜ」という高度な毛混ぜの技法など、古くからの技法によって高水準の品質を持つ。
文進堂は正統な伝統の継承と発展のため、70を超える工程を職人一人で手がけている。

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