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唐津焼 陶芸家
中里 健太

Nakazato Kenta
1993年 佐賀県生まれ

唐津焼の窯元「隆太窯」の三代目。子供の頃は唐津焼に関心がなく、高校卒業後は上京し、服飾の学校に通った。
学生時代、たまたま美術館で陶芸作品の展覧会を見たことがきっかけとなり、陶芸の魅力に気づき「楽しい時間を過ごせる器を作りたい」との思いを抱くようになる。
実家の窯の継承を志すようになり、当初は父親である二代目の太亀たきさんから反対されたが、説得を重ね、正式に弟子入りを果たした。
有田の陶芸学校に通いながら窯の手伝いを続けて3年、隆太窯の三代目となる。以来、技術を高めるため、日々作陶に励んでいる。

仕事をする上で、無駄な動作を無くすことを心がけている。
器の形を作るときに、土の量と薄さが同じであれば、細かい寸法を測らずとも常に同じ形に仕上がるという。

中里 健太さん インタビュー
器との出会い

子供の時は、父の仕事に興味がなかったんです。進路を決める際には、服がどうやって作られているのかを知りたくて、服飾の学校に進みました。
東京では勉強のためによく美術館に行ってたんですけど、いろんな器が展示されているのを見て「器って見て楽しんでもいいんだ」ということを知ったんです。
就職する時は服の会社も考えてたんですが「生活を楽しくする器を作りたい」っていう気持ちがどうしても捨てられなくて、父に弟子入りしたいと相談しました。

唐津焼の陶芸家を目指して

基礎的な技術を習得して、一通り作れるようになるまで、父から与えられた修業期間は3年。最初は本当に何もできませんでした。でも、反対されていたのを説得してまで弟子入りしたんですから「できませんでした」なんて言うわけにはいきません。昼間は有田の窯業大学に通って、学校から帰って窯の営業が終わった後に、毎日一人でろくろの練習をしていました。
今はまだ、自分の個性云々を言う前にやらないといけないことがたくさんあるのが現実です。

陶芸家にとって、窯焚きは作品の出来栄えが決まる特別な工程。
使用する登り窯はガスや電気と異なり温度調整が難しい。それゆえ思いがけない変化や傑作が生まれることもあるという。

器が持つ
「おもてなしの力」

コース料理用の器を発注されることがあるんですが、料理人の方からの「こういう食材を使ってこんな料理を作りたい」というオーダーに「それなら、こういう器に盛り付けたらお客さんはびっくりするだろうな」って想像することが楽しいですね。料理の美味しさだけでなく「器からのアプローチによって内容をさらに濃くできるか」ということを考えて作っています。
僕がその場でおもてなしするわけではありませんが、焼き物や器の本質的な部分というのは、そういうコミュニケーションじゃないかなと思っています。

中里 健太さん
唐津焼 陶芸家
中里 健太さん
中里 太亀さん
隆太窯 二代目
中里 太亀さん

隆太窯 二代目
中里 太亀さんインタビュー

「帰って窯を継ぐ」と言ってきた時は反対しました。「親がやってるから継ごうかな」という気持ちでやっていけるものではないので断ったんですけど、説得されまして。
「本当にやりたいなら学校へ行け」と言って、有田にある窯業大学に2年間通わせました。学校で色々な先生から教わったことで、視野が広がって良かったと思います。
技術を教えると言っても、教える側ができることは、最初に一回見せるぐらいで、あとは本人が練習して身につけていくしかない。口で説明できるものではないので、何度も失敗を繰り返しながら練習して乗り越え、身に付いたらそれが一生の技になるんです。
様々な経験を積んで、どんな器を作るのか、どんな人間になりたいのか、考えてほしいですね。

取材を終えて

責任感。健太さんの仕事を見ていて感じた言葉だ。器づくり一つひとつに手を抜かず、寸暇を惜しむように走り回って仕事をする。はじめのうちはそれを工房を守らなければいけないという思いからだと見ていたが、次第にそれだけではないと感じるようになった。健太さんには自分の器を通じて食や暮らしを楽しんでもらいたい、という思いがある。陶芸家として生きていくと決めた以上、それが健太さんにとっての責任だと考えているのではないか。だからこそ真剣に作陶に取り組んでいるのだと思う。そして服作りも経験し、料理の腕もあり、家族や友と酒を楽しむことも忘れない。唐津焼の魅力は多様性。彼ならきっと新しい唐津焼が作れるに違いない。

唐津焼

唐津焼

近世初頭から肥前国(現在の佐賀県および長崎県)に散在する諸窯で生産された陶器の総称。
桃山時代以降は「一楽、二萩、三唐津」と称され、京都の楽焼、山口県の萩焼と並ぶ茶の湯の名品となった。明治維新によって藩の庇護を失った唐津焼は急速に衰退、多くの窯元が廃窯となったが、後に、人間国宝 中里無庵が伝統的な古唐津の技法を復活させ、再興に成功した。
現在は約50の窯元があり、伝統的な技法を継承する一方で、新たな作品を試みたりと、時代の移り変わりの中で、着実な歩みを遂げている。

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