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南部鉄器職人
阿部 亘

Abe Toru
1988年 岩手県生まれ

高校卒業後、地元の企業に就職したが、ものづくりが好きということと庭師をしていた友人の姿を見て職人に憧れるようになった。
「地元の伝統工芸品である南部鉄器を作りたい」と「岩鋳」に29歳で入社。
平日の勤務時間は会社の商品の制作に励む傍ら、休日を利用して展覧会の出展作品を創作し、自分だけの技術に挑戦している。
2025(令和7)年の伝統的工芸品公募作品展では栴檀賞せんだんしょうを受賞。南部鉄器の未来を担う職人の一人として、日々研鑽を積んでいる。

南部鉄瓶の代表的な文様、「あられ文様」。
縦・横・斜め・大きさに乱れがないよう、一粒一粒捺していく。

使い手への想いを
鋳肌に込めて

故郷の岩手県には人々の生活を豊かにしてきた伝統工芸品があると、29歳の時に職人になりました。現在は伝統技法にこだわった鉄瓶を作っています。それを作る事を誇りに思い、責任感が芽生えました。
先人たちは、道具としての使いやすさ、工芸品としての美しさを追求し、磨いてきました。
繋げてきた技術は鋳肌の中に生き続けて色褪せることはありません。
師匠からは「鉄瓶は形ができて完成ではない、使ってもらって初めて完成する」と教えられました。それがものづくりの芯となっています。鉄瓶はあくまでも道具、使いにくいものを作っては職人失格です。いかに使いやすく喜んでもらえるか、使い手への想いを鋳肌に込めています。道具として使われて本当の完成を迎えます。この先、どんな景色を鋳肌に映していけるのか楽しみです。

1400℃で溶けた鉄を鋳型に一気に流し込む

親から子へ、子から孫へ、
受け継がれる鉄瓶を

展覧会などに出展する個人の作品は休日に創作しています。 普段やらないことを自分の作品で挑戦して腕を上げるのが目的です。未熟だった頃は、作ってみたいものを最優先していましたが、今では「自分の色を出し過ぎて使えないものなら意味がない」と、日用品としての土台が大切だと思っています。
使いやすさの中に自分の色を加えた鉄瓶で、全国の公募作品展で受賞しました。
教わった技術を形にできて、それが評価してもらえて多少は恩返しができたかなと思っていますが、いかに良い仕事をするか、恥ずかしくない仕事をしないといけないのか、より鮮明になった気がします。
自分の作った鉄瓶が親から子へ、子から孫へと使い継いでもらえること、それが南部鉄器を作っていて良かったと思える瞬間だと思うんです。

阿部 亘さん
南部鉄器職人
阿部 亘さん
八重樫 亮さん
三代目清茂
八重樫 亮さん

三代目清茂 八重樫 亮さん
自分の仕事の先に
使い手がいる

鉄瓶は、使い手の生活が映しとられて1つ1つ表情が違ってきます。使われている情景を思い浮かべながら、「自分の仕事の先に使い手がいる」という気持ちを中心に据えて作っています。 鉄瓶作りは地味な作業の連続で、ものづくりが好きな気持ちと根気がなければ務まりません。
阿部君は、誠実に仕事に取り組み、良いものを作りたいという気持ちが伝わってきます。あくまでも生活を豊かにする工芸品を作っている、自分たちの仕事の先に使い手がいるという事を忘れずに鉄という素材に向き合ってほしいと思います。
使い手がいるからこそ400年を超えても必要とされている、その時代その時代の使い手の想いを汲んで技術を発展させ、工夫してきた成果で今があるのですから。

取材を終えて

阿部さんの鉄瓶のつるを製作したのは、以前番組で紹介した鉉鍛冶の菊池翔さんです。
鉉は本体とは異なる鉄を打つ鍛造で作られます。
現在、菊池さんは手打ちの鉉を作る唯一の職人で、たった一人で盛岡の鉄瓶を支えています。菊池さんは、鉉は手に触れるものだからこそ、鉄という素材でも柔らかく感じるものにしたいと語ります。阿部さんの鉄瓶本体も使い手を想い、細部にまで手を抜かずに使いやすさにこだわり、菊池さんの鉉も使い手を想い作られている。そんな2人の想いと技が1つになった鉄瓶で沸かしたお湯は、きっとまろやかで優しい味になるんだろうと思いました。

南部鉄器

南部鉄器

南部鉄器は岩手県盛岡市と奥州市が二大産地の国指定伝統的工芸品。
江戸時代初期、南部藩が茶の湯釜を作らせたことが起源。茶の湯釜を使いやすいように小型にし、注ぎ口と持ち手をつけたことで鉄瓶が誕生した。その後、湯沸かしの道具として広く親しまれるようになった。
南部鉄器は熱伝導や保温性に優れ、錆びにくく長持ちする特徴を持つ。鉄瓶のほか、鍋、風鈴、アクセサリーなど多彩な製品が作られている。
年月とともに風合いが増す素朴で堅牢な美しさ、盛岡の歴史と自然が作り上げた伝統工芸品。

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